蓮のうてな~GT~

水天宮平沼神社

訪れてからずいぶんと時間が経ってしまいました。(滝汗)
神様ごめんなさ~い!!

今回は横浜の水天宮平沼神社さんです。

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歴史としてはそんなに古いほうではありません。
海の近くだからなのか、紋のデザインが結構モダンな碇です。

御祭神は天御中主神(あめのみなかぬし) 、 安徳天皇(あんとくてんのう) です。  
 
~水天宮平沼神社では、安産・水難除・火難除に霊験あらたかな、
天御中主神と安徳天皇の二柱の神様を、「安産・水徳の神」としてお祀りしております。~

しかし、安徳天皇は源平合戦のとき入水されてるのに、水徳の神になるとは・・
不思議ですね。
 

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こちらのお宮さんのすごいところは、
御神威の有難さは、大正12年9月1日の関東大震災時に崩れることなく、更に震災の際、
近隣の出火が重なり、四辺猛火に包まれましたが、奇跡的にも厄を免れた事と、
昭和20年5月29日の横浜大空襲時には、横浜市内が焦土と化した中、御鎮座された一角だけは
焼け落ちなかった事から、氏子に強く語り継がれております。  

横浜市街地の神社で、関東大震災と横浜大空襲の2つの大難を免れた事は、極めて稀でした。

こ・・・これはすごい。 

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この神社に滞在している間、意外と参拝される方々に男性が多いことにびっくりしました。


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# by yuzu-lotus-gt | 2012-04-11 22:10 | 北へ 横浜(西区)編

杉山神社

最近、なんだか神社づいてます!
行くとこ行くとこお参りするからでしょうか?
単なるそこに神社があるから手を合わせるてなもんでしょうか?

とにかく、勝手な大人の自由研究が進みすぎて嬉しい限りです。
・・・進みすぎは訪れた神様が多すぎるから整理するのが大変なんでございます。ひぃ。


ともあれ、今回はこちら。
横浜市戸部近くにございます、杉山神社さんです。

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こちらにはくるくる回る狛犬ならぬこまねずみちゃんがいます。

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詳細は看板にあるとおりです。
男性は右、女性は左のねずみちゃんをくるくる回しながら願をかけるとよいそうです。

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おっ、こんなところに有名人のお名前が!
この方地元にお住まいなんだそうです。
先日テレビでこの神社でロケをやっていて、「あらまー!」と驚きました。

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神社の向かって右隣にはなぜか金網で囲まれた神社?らしき建物と鳥居がありました。
なぜ立ち入り禁止なのかはまったくわかりません。
ミステリ~。

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ここは静かな住宅街の真ん中にあります。
落ち着けるお宮さんです。

しかし、杉山神社というお宮さんは横浜市内だけでもなんと19箇所もあるそうです。
確か三浦半島内にもあったかと思うので、神奈川県内だけでも何箇所あるんでしょうね?



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# by yuzu-lotus-gt | 2011-07-20 21:42 | 北へ 横浜(西区)編

安井金比羅宮

おひさしぶりです!
いつの間にやら暑くなり、ぐったりですね。笑

そんな梅雨の晴れ間に、地元の友達Yちゃん(仮名)にあるトラブルがあったので、まりもさんに相談したところ、
まりもさんから「安井金比羅宮さんに行ってきなさい!」
と指令がでました。

私は行かれないのでジモ友Yちゃん(仮名)に頼んで
「行って写真を撮ってくるんや!!」 
とさらなる指令と飛ばしました。

ご本殿は現在改修工事中だったので、絵馬館の看板。

きっとすんごい念のこもった絵馬が勢ぞろいに違いない。

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縁切り縁結び碑(いし)です。
お札の妖怪ではありません。

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これがすごい霊験あらたかなわけです。

「高さ1.5メートル、幅3メートルの巨石で、中央の亀裂を通して神様のお力が下の円形の穴に注がれています。
まず、形代に願い事を書いて、碑の表から裏へ穴を通って悪縁を切り、裏から表へ通って良縁を結びます。
最後に形代を碑に貼って祈願します。」

(安井金比羅宮HPより転載)

Yちゃんもトラブルの元になっている事柄を書いてペシ!と貼り付けて
ちゃーんと祈念してきたとのことです。

「日頃からお世話になってる姐さんの分も祈念してきましたよっ。」とのこと。
ありがたや。
ありがたや。

Yちゃん曰く「お札のひとつひとつがかなり生々しくて、びっくりしたわ~。
実名で書いてあるんやで~。 怖いわ~。 みんな大変なんやなぁ・・」
そうやね。
みんな大変やから神様におすがりするんやね。

さらに「そういえば、ここってちっちゃいお宮さんやねんけど、周りにラブホが
いっぱいあっても~びっくりしたわ~。」
・・・そうやね。
祇園は元々色街やしね。


実はYちゃんは職場でトラブルがあって、その影響か?
夜中に金縛りにあったりベッドルームも扉に血糊で書いたような文字が浮き上がったり
色々と恐怖の体験をしていたそうです。

しかし、大神神社とこの悪縁切りに絶大なご利益のある安井金比羅宮に
お参りしたおかげで、夜恐怖を覚えることなくぐっすり眠れるようになったそうです。

この調子でいい職場に恵まれますように。

ぱんぱん!

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# by yuzu-lotus-gt | 2011-06-25 11:15 | 神のやしろ

まりもメモ・岡村天満宮

お久しぶりです・・・まりもです。

新年早々引いた風邪が長引きまして・・・歳を増すごとに風邪も治りにくくなりませんか?
・・・私だけ・・・?・・・みなさんも、体調にはお気をつけ下さい。

さて、時間が経ってしまいましたが、岡村天満宮について・・・。

菅原道真が北野天満宮に天神として祀られた後も、天満大自在天神、日本太政威徳天と呼ばれ恐ろしい怨霊として恐れられました。
神となっても100年程、大きな災害が起きると、天神の祟りだと言われていたのです。
天神の祟りを治めようと、各地に天神社が建てられ全国に天神信仰が広まっていきました。

平安時代末頃から怨霊と恐れられることが薄れて、道真が秀才で優れた学者だったことから学問の神として信仰されていき、鎌倉時代初期の「天神縁起」には、慈悲の神・正直な神としても信仰されていたようです。

岡村天満宮を創建したのは、源頼朝の家臣と伝えられていますが、建久年間(1190~1198)に磯子周辺を領地にしていたのは、三浦氏一族の平子氏(たいらごし)でした。
頼朝の家臣で、平子有長(たいらごありなが)と言う人物がいます。
平子有長は頼朝が平家追討で旗揚げした時に、三浦氏に加わり馳せ参じ、後に御家人となっています。

鎌倉から室町時代にかけて磯子周辺の村々を合わせて平子庄といい、玄蕃屋敷といわれる平子氏が関る家人が住んでいたと思われる、屋敷跡もあります。

・・・と言うことから・・・あくまでも私の想像ですが・・・。

岡村天満宮を建立したのは、建久年間に磯子周辺を領地にし、頼朝に仕えていた平子有長だと思うのです。

京都の北野天満宮から天神を勧請したのはなぜか・・・?

天変地異を治めるために・・・という理由はこの時代もう薄らいでいると思われ、学問の神として・・・と言うのも、なるほど・・・というほどの理由とは思えません。

三浦氏宗家はもともと源氏と繋がりがあり、頼朝が流人として伊豆にいた折にも配所を訪ねていました。
平子有長は、平氏討伐後に三浦氏の推挙によって御家人の列に加わっています。
幕府内での平子氏の地位は、頼朝が幕府を開く以前より関わりのあった御家人達に比べると、そう高くはなかったのではないか・・・と想像するのです。

菅原道真の家はもともと学問で天皇家に仕えていて、深く公の政には関わることはなかったのですが、時の天皇に目をかけられ、藤原家以外で異例の出世をとげた・・・と言うことを平子有長も知っていたでしょう。
後に道真は無実の罪で左遷となり、非業の死をとげ怨霊となってしまいますが、道真の出世を平子有長は幕府内での自身の出世と重ね合わせ願をかけた・・・。

もちろん、無骨な坂東武士といっても和歌を詠むくらいの教養は必要であったでしょう。
けれど、学問や教養の向上のためだけに天神を迎えた・・・とは思えないのです。

みなさんは、どう・・・思いますか・・・?
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# by yuzu-lotus-gt | 2011-02-22 16:50 | まりもメモ

堀之内稲荷神社

前回の子神社から歩いて5分もしないところに、こちらのお稲荷さんがあります。
ちょっと鳥居の立ち方が独特。

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実はもっと接近するとか、中まで行ってみるとかするんですが
ここの奥には幼稚園があるらしく、これ以上接近すると間違いなく変質者と間違われると
思われたので、これにて撤退です。

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こんなちっちゃいお稲荷さん(いや、ほんとはちっちゃくない)まで写真を撮りに行く
私って・・・アホちゃうか?
いや!
報われる日がくる!
きっとくる!

・・・と、言い聞かせておくことにします。



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# by yuzu-lotus-gt | 2011-01-08 21:54 | 北へ 横浜(金沢区磯子区)編