蓮のうてな~GT~

カテゴリ:北へ 横浜(金沢区磯子区)編( 7 )

堀之内稲荷神社

前回の子神社から歩いて5分もしないところに、こちらのお稲荷さんがあります。
ちょっと鳥居の立ち方が独特。

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実はもっと接近するとか、中まで行ってみるとかするんですが
ここの奥には幼稚園があるらしく、これ以上接近すると間違いなく変質者と間違われると
思われたので、これにて撤退です。

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こんなちっちゃいお稲荷さん(いや、ほんとはちっちゃくない)まで写真を撮りに行く
私って・・・アホちゃうか?
いや!
報われる日がくる!
きっとくる!

・・・と、言い聞かせておくことにします。



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by yuzu-lotus-gt | 2011-01-08 21:54 | 北へ 横浜(金沢区磯子区)編

子神社

あけましておめでとうございます。

初詣にはいかれましたか?
私は・・・実はまだですー。
わーごめんなさい!!

ばたばたしてるうちに、なんだか年を越してしまいました。(もー言い訳!滝汗)
それでも旅はまだまだ続きます。

さて、こちらは磯子区の蒔田にあります、子神社です。

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小さな地元密着の神社さんです。

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背の高い銀杏が印象的です。

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この神社の後ろ側は、少し小高い丘になっています。
ここも古くから人が住み着いているような感じがしました。

道がくねってたり、狭かったりするところや、近くに街道筋があるところは
大抵古くから村があるところですね。

時期的に七五三の頃だったので、なんとなくウェルカムな風情があります。

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by yuzu-lotus-gt | 2011-01-08 21:50 | 北へ 横浜(金沢区磯子区)編

岡村天満宮

今回は道真公でおなじみ天神様、 こと 一部のファン?の間では
ある意味超有名な「岡村天満宮」を訪れました。

なんで有名かというと・・・それは「ゆず」の二人の出身地の氏神様だから!爆


ま、ソレは置いといて。
ここには色んな狛犬ちゃんと撫で牛さんがいます。

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参道を上がってくると、狛犬ちゃんたちがお出迎えです。

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800年以上の歴史を持つ天神様ですが・・・

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この天神様のすぐ隣の丘には三殿台遺跡があります。
この遺跡は縄文弥生古墳時代の集落跡なのです。
その数250軒以上もの住居跡が見つかっています。
と、いうことはそれなりの「聖地」が近くにあってしかるべきだと考えます。

おそらくはそれなりの「聖地」には「土着」の神様がいたのではないでしょうか?
そこへ道真公を勧請して、「祟り神」としての力をお借りしたのではないでしょうか?
(まりもさんとこのような意見と推理をしてみました。
まりもさんからも是非ご意見ください。
皆さんもご意見ください。)

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これはかなり最近の撫で牛さん。

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鮮やかな朱色が目をひく天神様です。

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こちらの絵馬はちょっと変わっていて、2枚セットになっています。
1枚は願いを書いてこちらにかけておきます。
もう1枚はいただいて帰って、願いを書いて手元においておきます。

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もうひとつの聖地の証。「ゆず」壁画。
以前は伊勢崎町のマツザカ屋さんの屋上にあったものです。
これを発見したときは、素でびっくりしました。
だって、ねぇ・・・まさかと思うやん。

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ここも小高い丘の上にあるお宮さんです。
瀬戸神社より北側の神社は、このように大昔は海っぱたの小高いところにありました
という感じの場所がたくさんあります。

この共通項は一体・・・?


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by yuzu-lotus-gt | 2010-12-10 23:02 | 北へ 横浜(金沢区磯子区)編

森浅間神社 屏風ヶ浦

たとえ京急の普通電車に乗っていようとも、用事がないかぎり降りないだろう駅、屏風ヶ浦。
でも、口に出すとなんだか怪獣みたいなビョウブガウラ。
そんな駅が最寄りの神社へ行ってきました。

森浅間神社さんです。
写真は下社です。

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下があるということは・・・当然上社があるわけで・・・あるわけで・・(滝汗)
これ登るのぉ?
ええ、登るんですよ。

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ぜーはー言いながら登った丘の上には、
あら! こんな綺麗なお宮さんが。

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元々お寺さんと合体してたからか、山号がついています。

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ご祭神は
木花咲耶姫命 ( このはなさくやひめのみこと )
源頼朝 ( みなもとのよりとも )
素戔嗚命 ( すさのおのみこと )
天照大神 ( あまてらすおおみかみ )
倉稲魂命 ( うかのみたまのみこと )
火産霊命 ( ほむすびのみこと )
国常立命 ( くにのとこたちのみこと )

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やっぱりここにも頼朝公が。

由緒
 鎌倉将軍守邦親王が護寺の薬師像を本地仏として建立されたと伝えられ、
 古くは親王権現とも称した。
 字古浜の山上に在って我砂羅山と称し、古来、航海安全を頼って参詣する者多く、
 森三ヶ村の総鎮守であった。
 明治6年、村社に列し、同41年10月村内の10社を合祀し、
 大正2年神饌幣帛料供進社に指定された。

(神奈川県神社庁 より)

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ここの神社さんと杉田の熊野神社さんは横浜の海からほど近い小高い丘の上にあるのですが、
なぜか同じような空気感というか繋がってるような感じを受けました。



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by yuzu-lotus-gt | 2010-05-29 00:01 | 北へ 横浜(金沢区磯子区)編

熊野神社 杉田

今回も御近所さんから愛されてるであろう鎮守の森です。
京急杉田駅からほど近くにあります、熊野神社さんです。

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ここも谷津の浅間さんと似たような感じで、住宅街を抜けた静かな丘のてっぺんにあります。
しかし、大きな違いは階段が古くてかなり怖い感じに・・
あっ、そういえば画像消しちゃった。(とほほ)

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時代の波に押された神様たちがこちらに集合なさっています。
金毘羅さん、摩利支天さん、お稲荷さん、泉蔵社さん。

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うっ、サビサビの華が・・

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由緒書きによりますと

建久三年(1192) 源頼朝が征夷大将軍になった年、
鎌倉四家の道場 (山崎ノ泉蔵社・亀ヶ谷ノ権現堂・二階堂ノ愛泉坊・蔵見堂) の内、
山崎泉蔵院の僧真締智覚法印に治国安民の祈祷を命じた。
頼朝の命を受けた智覚法印は、我が国第一の霊場とされて居る紀州熊野に参籠して幣帛を捧げ、
三所権現の御分霊を樟の舟に乗せ祈りを込めて海に流した。
樟舟は神意のまにまに旬日の後中原の海岸に流れ着き、この事が将軍に伝わり、
頼朝は御神慮の有難さを感じて、近くの地に神殿を建てるよう智覚法印に命じた。

智覚法印は東に海を望む景勝の当地を選び山上に熊野三所権現社を祀り、
山裾に紀州山桐谷寺を建立すべく同年五月六日に着工し十一月十五日に完成した。
後に桐谷寺は山号を大霊山泉蔵院と改め熊野権現社の別当として当社に奉仕し、
国家安泰、万民和楽の祈願を続けて来た。

明治初年の神仏分離令により社名を熊野神社と改め法印は神職となり、
約七百年間続いた泉蔵院は廃寺となってしまった。
明治四十三年、神社統合令により村内の中原明神・諏訪神社の二社が合祀された。

御祭神は伊弉冉尊さま、事解之命さま、速玉之命さま、日本武之尊さま、建御名方命さま。


それにしても、ここにまで源頼朝公の息がかかっているとは。
もちろん、「伝説」の域もでませんが時の支配者はすごい。

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by yuzu-lotus-gt | 2010-05-18 21:59 | 北へ 横浜(金沢区磯子区)編

谷津浅間神社

こちらは金沢文庫駅からほど近くにあります、谷津浅間神社(やつせんげんじんじゃ)さんです。
この道から階段をひたすら登っていきますと、丘のてっぺんあたりにお社があります。

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浅間さんということは、木花開耶姫さまがお奉りされていることだけはわかったのですが・・
唯一見つけたのは藤原道長伝説だけです。
 
 「能見堂縁起によると、寛仁年間(1017~1020)御堂関白藤原道長公がここに来て
  ここからの素晴らしい眺めを見て、草庵を結んだのがはじまりとされています。
  また谷津の浅間神社についても同じ頃来遊した道長公が能見堂から「かねさは」の景色を見て、
  正面のすぐ目の下に見えるこんもりと松の茂った森を塗桶の形に似ていることから塗桶山と
  名づけ、そこに浅間大神(木花咲耶姫)を勧請したと伝えられています。
  当時の「かねさは」は東国の草深い村で藤原道長が来遊した史実はありません。
  金沢八景の景観の素晴らしさを伝えるために生まれた伝説と考えらています。」


だ、そうです。


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赤い小さなお社。
冬のお祭りの夜は、幻想的な明かりがふもとから道沿いにお山まで灯ります。
何度か駅からみたことはありますが、それはなにか次元の違うところにある
場所のように思えました。

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by yuzu-lotus-gt | 2010-05-13 22:28 | 北へ 横浜(金沢区磯子区)編

ついに横浜 瀬戸神社 

今回訪れたのは、横浜市の南の端にある金沢区は京急線金沢八景駅からもすぐのところにある
瀬戸神社です。

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なんだかウェルカムな感じで開いてたので、中を写させていただきました。
立派な絵馬ですね。

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ご祭神は・・・なんとこれがたくさんいらっしゃいまして。

大山祇命 ( おおやまつみのみこと )
速須佐之男命 ( はやすさのおのみこと )
菅原道真 ( すがわらみちざね )
徳川家康 ( とくがわいえやす )
伊邪那岐命 ( いざなぎのみこと )
伊邪那美命 ( いざなみのみこと )
速玉男命 ( はやたまおのみこと )
天照皇大神 ( あまてらすすめおおみかみ )
倉稲魂命 ( うかのみたまのみこと )
菊理比売命 ( くくりひめのみこと )
木花咲耶姫命 ( このはなさくやひめのみこと )
味耜高彦根命 ( あじすきたかひこねのみこと )
建御名方命 ( たけみなかたのみこと )
猿田彦命 ( さるたひこのみこと )

です。(ぜぇぜぇ)

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大昔、今日の泥亀町から釜利谷東一帯は大きな入江でした。
この入江と平潟湾とは、今日の瀬戸橋の位置にあたる狭い水路状の海峡でつながっていました。

そしてこの小さな海峡は、潮の干満の度に内海の海水が渦を巻いて出入りする「せと」でした。
そこに「海神(わだつみのかみ)」をお奉りしたのがはじまりといわれています。

おそらく、この小さな祠の皆さんは六浦の村を町へと開発していったときに
こちらに移されたものかと思われます。

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こちらは小さなお稲荷さんの祠。
ちょうどその下のあたりや崖の浸食された感じから、大昔の海がきっとここまで来てたことを思わせます。

きっと、国道16号線は昔の海岸線ギリギリだったのでしょう。

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平潟湾に突き出たところ、弁天島に境内神社の琵琶嶋神社があります。
祭神は市杵嶋姫命です。
通称は弁天様とよばれています。

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治承四年 (一一八〇)、 鎌倉に入った源頼朝が、日頃崇敬する伊豆三島明神を、この霊域に遷祀してからは、「瀬戸三島大明神」と呼ばれて上下の尊信を集め、延慶初年には正一位の神階を受けた。執権北條貞顕、関東管領足利持氏、成氏父子、小田原北條氏等歴代の武門名将の崇敬も篤く、特に足利成氏は何回も参拝し、社頭の弁天島境内での直会の有様も記録にのこっている。

徳川家康も慶長五年 (一六〇〇)、 みずから参拝して百石の社領を寄進し、元禄以後は領主米倉丹後守をはじめ、金沢八景の中心として江戸市民の間にまで多くの信仰者がひろがった。
明治六年 (一八七三) 、郷社に列格、戦後は宗教法人となり、昭和四十三年、神奈川県神社庁の献幣使参向神社に指定された。現在の社殿は寛政十二年 (一八〇〇) の建造、御屋根は昭和四年の葺替えになる。

(神奈川県神社庁ウェブサイト より)

なかなかすっごい神社でしょ?
調べてみて、私はびっくりしました。

せっかくなんで、瀬戸神社さんのサイトも訪れてみてください。



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by yuzu-lotus-gt | 2010-03-24 23:22 | 北へ 横浜(金沢区磯子区)編